音符 稲舟妙寿小唄三味線教室 小唄音符

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平成21年6月28日(日) 
  今習っているのは「恋と祭りは」です

  ♪ 恋と祭りは 後先見ずに

      心うきうき 気もそぞろ

        似た者同士の 好いた仲

          嬉し楽しで いそいそと

            粋とはりとで 伊達くらべ

  歌詞にふさわしく、軽快な曲です

  音程も高低差があり、ほんと「うきうき」です

  さて、最近、またまた面白いものを手に入れました

  本物かどうかは分かりませんが

  六世延寿太夫 と 清元栄次郎(のちの榮壽カ) の 手形です
   

  まんなかは、わたしの手です

  さて、小唄の父と言っても良い清元

  その清元の三味線の名手で、人間国宝になった清元榮壽カの手形です(右側)

  さぞかし大きな手をしているのかと思えば、このとおりです

  ピアノとかギターで大きな手の人は有利って聞いたことがありますが

  三味線は関係ないんですね

  うんうん! 練習! 練習! 

  それにしても、清元の人の手形なんておもしろいですね

  昭和初期の、清元や小唄の人気のほどがうかがえます。
 
平成21年6月21日(日) 
  小唄の隆盛の立役者で欠かせないのが

  「清元お葉」(1840―1901)ではないでしょうか?

  2世清元延寿太夫の娘であり、4世清元延寿太夫(婿養子)の妻でもありました

  最近でこそ、女性の邦楽家が多く居ますが、「お葉」の頃はほとんどが男性。

  ですので、女性の「お葉」がいかに実力を持った人かが分かります

  小唄の名曲、「散るは浮き」は「お葉」が15歳の時に作った曲です

  ということは、小唄は清元の要素をふんだんに取り入れているのだと思われます

  その清元は、三味線音楽としての歴史は新しい方です

  徳川吉宗の頃

  「河東は裃、外記袴、半太羽織、義太夫股引、豊後かわいや丸裸」 とうたわれていました

  義太夫が股引(ももひき)なら、清元はなんなんだろう?

  また、その後で出来た小唄は・・・

  どちらにしても、経済、文化、政治が完全に江戸に移された元禄時代に

  今の日本の基礎が出来上がり、

  その頃から脈々と江戸で醸成された音楽が小唄と言えます

  だから、究極の粋な音楽になったのではないでしょうか?

  その後は、浪曲や浪花節といった 次の世代の音楽が生まれてきます
  
平成21年6月14日(日) 
   

  5月24日に稲舟の小唄の大会がありました

  5年に一度の大舞台、名古屋市民会館で行われ

  会場はごった返すほどの盛会でした

  そして、わたしが唄ったのが「葉ざくら」

  上の色紙は、大会の後に開かれた懇親会の席で

  書家の先生に書いていただいたものです

  そういえば、昔、「画会」というものがありました

  酒席に絵描きさんや書家さんを呼んで

  目の前で絵や書を書いてもらい、皆で批評しあい、買い合う会です

  日本文化が生活の中に根付いていた時代だったんですね

  そんなことを思い出させるステキな企画についニッコリでした
   
平成21年5月31日(日)  
  当地の隣の岐阜県には、日本三大地歌舞伎の美濃があります

  その美濃に「相生座」という芝居小屋があります

  明治27年に下呂市に建てられた芝居小屋を日吉町に移築した建物です

  近年は、亀治郎の歌舞伎や文楽の上演をしています

  昨日、今日で、蓑助や勘十郎、千歳大夫の文楽を上演しています

  特別席が15,000円、最低の席でも、7,000円という文楽公演では

  日本一超高額な公演なのですが、ほぼ満席という人気ぶりです

  さて、その文楽の語りの人間国宝 竹本住大夫が「文楽のこころを語る」で

  こんなことを書いています。

  「高い声を出すのは、喉から鼻の奥を抜けさせて、眉間から声を出す、鼻を使う音です」

  「声を上げるんではなく、イキを出せ、イキを高おう出せ」

  「浄瑠璃は声やのうて、お腹とイキと音(おん)で語るもんでっせ〜」

  「電車の車掌さんの『次は とう〜きょ〜うとう〜〜きょ〜う』という、あれも音(おん)です

   半音高い声で歌うてるように言いまんなあ、それを『イキを浮かしてる』と言いまんねん」 

  「浄瑠璃はフシに音(おん)あり、詞(ことば)に音ありと言います」

  うう〜〜ん、さすが、人間国宝!

  これを読むと小唄も浄瑠璃と一緒です

  さて、竹本住大夫はここに書いたことがそこそこ出来るようになるのに15年かかったそうです

  趣味で習ってる私には死んでも実感できない世界の話ですね

  少しでも、感じてみたい と思いつつ 練習!練習!

    
平成21年5月17日(日) 
  今日は名妓連(名古屋の芸者の組合)の唄と踊りの会が

  ここ名古屋の料亭河文でありました

  昨日今日二日間で、170名のお客様が見に来られたそうです

  さすがに平均年齢は高いですが、まだまだご贔屓が多いんですね
  
  ぼけているのはカメラの撮影設定を間違えてしまったせいです

  さて、今晩は大和楽が主の踊りでした

  そして、今日初めて大和楽がどんなものか知りました

  長唄と清元の中間で、小唄ほど短くなく、長唄ほど長くない唄です

  ひょっとしたら、すべての邦楽が凝縮された唄かもしれません

  それにしても名古屋の芸者衆は楽しい人ばかり・・・

  次回は四畳半でさしすさされつで・・・なんて
 
平成21年5月17日(日)  
  昨日は、東京国立劇場で文楽の通しです

  一番最初の「寿式三番叟」では、9丁9枚の大舞台

  義太夫が長唄のように感じられました

  そして、

  今、乗りに乗っている勘十郎の三番叟で舞台を盛り上げます

  ところで、最近おもしろい本を求めました

  

  右のポケット小唄集です

  左の文庫本と比べれば大きさが分かるかと思います

  たとえば、「お伊勢参り」のページはこんな感じです
  

  昭和34年の発刊ですが、当時はまだまだ小唄がさかんで

  旦那衆はこの本を持って、花街に繰り出したんでしょうね

  「かわいい長右衛門さん」が「かはい長右衛門さん」になっているところが

  なんとも粋です

  
平成21年5月10日(日)  
  小唄の祝儀唄に「白扇」があります

  稲舟の会でも、会がある時は最初に演奏されます

  この唄の作曲家は先日もこの日記に書きましたが

  吉田草紙庵です。小唄の舞台を四畳半から劇場に移した人です

  さて、この唄は三井銀行の高畠勝三氏と令夫人すえさんの銀婚式のために作られました。

  そして、蓼派の初代家元がご両人にお祝いに贈られたそうです。

  作詞したのは、株屋の上田龍耳です。

  歌詞の「末広がりの末かけて」は夫人の名前「すえ」が、

  「葉色もまさる」はご主人の名前「勝(まさる)」が唄い込まれています。

  このような事情で、小唄らしからぬ小唄と言っても良いでしょう。

  なお、この唄は、5月24日当会の小唄大会でも、最初に演奏されます

  そして、わたくしは三味線を弾きます

  ん?そういえば、わたくしもう銀婚式って過ぎたのかなぁ〜?

  
平成21年5月4日(月・祝)  
  

  またまた山に行ってきました

  瑞浪の陶芸家宅です

  今週は群馬で個展があるそうです

  この写真の後ろに写っているのが、個展に出展する作品

  その前にあるのが、越の寒梅、そして、そのつまは、今回は燻製です

  豆腐やはんぺい、卵の燻製がすべて自家製

  そして、本日のメインは七輪で焼く豆腐田楽・・・

  新緑の山の精気が汗の穴から入り込んでくるような気分です

  そして、日本に生まれて良かったな〜と思う瞬間です

 
平成21年5月2日(土) 
   平山蘆江の本「東京おぼえ帳」がヤフーオークションに出ていたので

  ついつい落札してしまった

  昭和27年6月20日に発刊された随筆です

  平山蘆江は明治、大正、昭和期の都新聞の花柳関係の記者でした

  この本には「江戸小唄由来」という段があります

  歌舞伎で有名な市村座の座主にもなった田村将軍が江戸小唄の生みの親だそうです

  田村将軍と小照の元へ、歌舞伎者中村吉右衛門や守田勘弥らや、

  また、東京中の芸者が集まるようになってきました

  そして、宴席で小唄を唄わねば通人じゃないと言われるほどになりました

  その後、浅草の芸者鶴助が春日派を創設します

  この人、常磐津、清元にすぐれていたのですが、身持ちが悪く

  借金を残して、雲隠れしてしまいます

  その借金の肩代わりをした芸者衆が鶴助の家を探し当て訪れたところ、

  借金のことなど忘れたように、いきなり三味線を持ち出し、小唄の新曲を唄いだした

  芸者衆は借金のことを棚上げし、住居まで作ってあげたそうです

  まさに大正時代の幕開けと同時に小唄は最盛期を迎えて行くのです

  新曲を作る専門の人(吉田草紙庵、役者市川三升、画家伊東深水)が生まれ

  小唄に踊りの振りをつける人が出てき、

  座敷では不満と、舞台で演奏されるまでになってきたそうです

  一番の魅力は、1曲覚えるのに、3〜4回も習えば、一応それらしくなる点です

  長唄や清元、新内ではそんなわけにはいきません

  意外に地味な大正時代ですが、

  明治改革の日本がいい意味でも、悪い意味でも、花開いた時代ではないのでしょうか?
  
  竹久夢二の絵が大正時代を現わしているのも分かる気がします
   
平成21年4月26日(日)  
  昨日は、午前中は仕事があったので

  昼から、大阪文楽劇場に足を延ばしました

  ほんとは通しで見たかったのですが仕事では致し方ない

  しかし、蓑助はすばらしい人形遣い!

  すしやの段では、前半、住大夫がしっとりと語り

  いがみの権太の出は、あの千歳大夫の語りである。

  もう感動ものの配役ですよね

  さて、今日は、御園座で花柳流の踊りを見てきました

  長唄あり、清元あり、常磐津あり、そして我がお師匠さんの小唄ありで

  にぎやかな会です

  観客もいっぱいでした

  主に女性の唄と踊りですが、男の私からすると

  もうちょい男性の唄と踊りも見聞きしたかったな〜
 
平成21年4月19日(日) 
  今日は、小唄大会があります

  そろそろ行こうかと思っています

  いろんな流派が一堂に会しての発表会です

  小唄は本来お座敷で聴くのが一番なのですが

  なかなかそういったチャンスもないので

  今日のような会館での発表会が貴重な勉強の場になります

  唄の上達のコツの一番は、人の唄、上手な人の唄をいっぱい聴くことだそうです

  おっと!早く行かないと始まってしまぅ〜〜
 
平成21年4月5日(日) 
   今日は、予定がひとつなくなったので

  急遽、御園座に海老蔵の歌舞伎を見に行ってきました

  今の歌舞伎役者で見得を切らせたらナンバーワンではないでしょうか?

  まるで、写楽の浮世絵のような美しさです

  その海老蔵丈がインタビューに答えていましたが

  歌舞伎役者は第一に声だそうです

  そう言われてみれば、なかなか良い口跡の役者さんはいないです。

  声と言えば、

  世界に冠たるカラオケの国の日本には世界に通ずる歌手が少ない

  どうも、邦楽を口ずさんでいても、歌はうまくならないようです

  西欧人のように息を吐き出すような歌が世界標準なのか?

  という私は、喉鳴りの声で粋に唄えるようになりたい

  明らかに世界からはじき出された唄・・・

  うう〜〜ん、これぞ日本文化なのだぁ〜

  これぞ、世界一なのだぁ〜〜
 
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